イミダゾールジペプチド研究から見えてきた認知機能への有効性

#イミダゾールジペプチド #インタビュー #認知症

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近年の研究で、イミダゾールジペプチドには様々な作用があることが分かってきています。脳の認知機能を維持する作用もその一つであり、高齢者がイミダゾールジペプチドを摂取した臨床試験でもその有効性が示されているのです。この研究に携わっている久恒辰博 先生に、イミダゾールジペプチドの機能性について詳しく伺いました。

久恒辰博 先生

久恒辰博 先生

東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 細胞応答化学分野 准教授

東京大学農学部農芸化学科卒業
東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻修士課程修了
東京大学農学部助手
東京大学より博士(農学)を授与
アメリカ国立予防衛生研究所(NIH)/脳疾患および脳卒中研究所(NINDS) 客員研究員
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻助教授
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻准教授(現職)

【著書】
「なぜ、歩くと脳は老いにくいのか」 (PHPサイエンス・ワールド新書|2010)
「1週間で脳から生まれ変わる技術」 (扶桑社BOOKS|2011 ) など

脳細胞の抗炎症作用から「イミダゾールジペプチド」に注目

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―久恒先生はどのような研究をされているのでしょうか?

久恒先生:私は東京大学で「脳研究を通じて、人類の健康長寿に貢献する」ことを目指して研究を行っています。主なテーマは、成人脳での認知機能を担う脳回路の解明、アルツハイマー病の原因究明などです。

また、抗炎症成分による脳の老化改善や認知症予防に関する研究にも取り組んでおり、「イミダゾールジペプチド」に着目しています。その理由は、抗炎症作用により認知機能を低下させる要因である「神経炎症」を抑えられるのではないかと期待しているからです。

脳細胞の炎症は、認知機能を低下させる

―神経炎症と認知機能の関係を教えてください。

久恒先生:認知症を引き起こすアルツハイマー病の原因としては、脳内に異常なアミロイドやタウタンパクが蓄積することで脳の神経細胞が死んでしまい、脳が萎縮して認知機能の低下が起こるという「アミロイド仮説」が有名です。

実は、認知症の原因には他にもいくつか仮説があり、その一つに「神経炎症仮説」があります。皮膚で湿疹(皮膚炎)が、呼吸器で肺炎が起こるように、脳内でも炎症が起こることがあります。このことを「神経炎症」と呼びます。炎症は起こった場所の組織を壊してしまいますので、神経炎症が起こると脳の神経細胞が死んでしまうのです。

異常なアミロイドタンパクの蓄積により起こる脳内の神経炎症を抑えることができれば、認知機能の低下を防ぐこと(認知機能の維持)ができるのではないかと期待しています。

イミダゾールジペプチドの認知機能への有効性

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―久恒先生がイミダゾールジペプチドの研究を始めたのはなぜですか?

久恒先生:私はあるとき、イミダゾールジペプチドに抗炎症作用があることを知り、非常に興味を持ちました。ご縁があって、当時イミダゾールジペプチドの研究を精力的に進めていた日本ハム中央研究所と共同で研究するようになりました。

主に脊椎動物の筋肉組織に含まれるイミダゾールジペプチドは、いくつかの種類があります(カルノシン、アンセリン、バレニンなど)。回遊魚のように、長時間にわたり運動する動物に多く含まれ、その活動をサポートしていると考えられています。

近年の研究により、イミダゾールジペプチドには数多くの重要な作用があることが分かってきました。脳に対する作用としては下記が報告されています(※1)。
  1. アルツハイマー病に関連する物質(異常アミロイドタンパクや終末糖化産物など)を作りにくくする
  2. 脳の神経細胞を傷つける物質(活性酸素種)を消去する(抗酸化作用)
  3. 炎症が起きても脳の神経細胞の状態を維持する(細胞内pH緩衝作用)
イミダゾールジペプチドはこのような作用により、脳の老化に対する保護効果を発揮すると考えられます。

健康な高齢者の記憶力や脳血流を維持

―久恒先生が行ってきた、イミダゾールジペプチド研究の成果を簡単に教えてください。

久恒先生:私は認知機能低下に対するイミダゾールジペプチドの有効性を証明する研究を複数実施してきました。その中から2つの研究結果をご紹介します。

一つ目の研究は、60歳以上の健康な高齢者に、鶏肉から抽出したイミダゾールジペプチド(アンセリン・カルノシン)を含むサプリメントを3か月間にわたり毎日飲んでいただきました。

この結果、イミダゾールジペプチドを摂取することで記憶力(覚えた言葉を後から思い出す能力)が保たれることを証明できました。また炎症を引き起こす物質が減少したり、脳血流の低下が抑えられたりしていることも判明しました(※2)。

認知症のリスクが高い人でも認知機能を維持

―イミダゾールジペプチドが高齢者の言語記憶や脳血流の維持を助けてくれる可能性がありそうですね。

久恒先生:はい。そのような結果が出たので、次に認知症の発症リスクが高い人を対象に研究を行いました。認知症発症の一歩手前の状態(軽度認知障害;MCI)である人を対象に、イミダゾールジペプチド(アンセリン・カルノシン)を含むサプリメントを12週間にわたり摂取していただくというものです。

そうすると、イミダゾールジペプチドを摂ることで、認知機能を測る神経心理学的テスト(グローバルCDR)のスコアが改善しました。特に遺伝的にアルツハイマー病になりやすい遺伝子を持っている人ではその改善幅が大きいことも分かりました(※3)。
―認知症を発症する一歩手前まできていても、イミダゾールジペプチドがよい影響を与える可能性があるのですね。

久恒先生:この他にもイミダゾールジペプチドについて多くの研究を長年にわたって行ってきましたが、まだ詳しいメカニズムについては未解明です。今後も研究を続けていき、イミダゾールジペプチドの有効性について知見を深めていきたいです。

もし、イミダゾールジペプチドに興味を持ってくださる方がいれば、ぜひ我々の研究に協力していただければ幸いです。研究参加という社会貢献は、その人の生きがいにもつながるのではないかと思っています。

認知機能に良い「イミダゾールジペプチド」は肉に多く含まれる

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―高齢者は、イミダゾールジペプチドをどのように活用していけばいいでしょうか。

久恒先生:現代社会では、高齢者のサルコペニア(筋肉量減少・筋力低下)やフレイル(虚弱)がますます問題となってきています。残念なことに、高齢者の中には「肉や油を控える」という中年期までの食習慣を引きずっているために、栄養不足(低栄養)でやせてしまっている人がよく見られます。

サルコペニアやフレイルは身体活動を低下させるなどして、認知機能に悪影響を与えますので、筋肉の材料となるたんぱく質を普段からしっかり摂ることが重要です。

イミダゾールジペプチドが豊富に含まれる肉(鶏肉、豚肉、魚肉)を積極的に食生活へ取り入れてはいかがでしょうか。

また、効率よくイミダゾールジペプチドを摂取したい場合は、サプリメントを利用する方法もあります。

イミダゾールジペプチドの有効性に期待

―ここまで、イミダゾールジペプチドの作用や認知機能への有効性についてお話いただきました。改めて、皆さんにお伝えしたい点をお聞かせください。

久恒先生:数多くの研究結果より、イミダゾールジペプチドは認知機能の維持や認知症の予防にとって有用な成分である可能性が示されています。特に、認知症リスクの高い人にも有用であった点、脳血流への影響があった点は、研究者としてもかなり興味深く感じています。

健康的な生活習慣の一環として、イミダゾールジペプチドを取り入れていただければ幸いです。

――久垣先生、イミダゾールジペプチドの貴重なお話をありがとうございました。

【今日からできる】イミダゾールジペプチドの摂取方法

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認知機能に効果的なイミダゾールジペプチドは、鶏肉やマグロ、カツオの尾などに多く含まれています。普段からあまり肉を食べない人は、イミダゾールジペプチドは市販されるサプリメントで摂取してもいいかもしれませんね。

またイミダゾールジペプチドは、次のような人に積極的摂取をおすすめしたい成分です。
・50歳以上で認知症の予防に興味がある人
・65歳以上で認知機能の低下が心配な人

イミダゾールジペプチドにプラスしたい対策

・たんぱく質を含む食事の改善や運動(有酸素運動や筋トレ)
・知的活動(パズル、計算など)
・他者とのコミュニケーション
認知症は60代から発症することが多いのですが、実は15~20年前から脳の変化が始まっています。認知症予防のためには40~50代から対策を始めることが大切です。例えば、糖尿病や高血圧などの生活習慣病や運動不足は、認知症のリスク因子の一つです。イミダゾールジペプチドばかりに頼らず、適度な運動習慣を続けるなどの生活習慣の改善を心がけましょう。
<参考文献>
※1)N Masuoka, C Lei, H Li, and T Hisatsune:Influence of Imidazole-Dipeptides on Cognitive Status and Preservation in Elders: A Narrative Review. Nutrients. 2021 Feb; 13(2): 397.
※2)T Hisatsune, et al:Effect of Anserine/Carnosine Supplementation on Verbal Episodic Memory in Elderly People. J Alzheimers Dis. 2016; 50(1): 149–159.
※3)N Masuoka, et al:Effects of Anserine/Carnosine Supplementation on Mild Cognitive Impairment with APOE4. Nutrients. 2019 Jul; 11(7): 1626.